Hugh Masekela : A Jazz Odyssey - Music & Migration
30 March 2006
Barbican Hall
Energetic performance by the South African legendary trumpeter – Music beyond political, racial, and cultural differences.
Hugh Masekelaのステージ登場と同時にしみじみ感じたのは、「この人は本当に愛されている」ということでした。人気があるというレベルを超えて、‘会いたくてたまらない’という熱気が、会場を満たしていたのです。
この南アフリカの‘ジャズ・トランペットの神’といわれるHugh Masekelaについて、ろくに予備知識もなく会場にいたのは、私くらいのものでしょう。そんな無知な私にも、1曲目から‘愛される理由’がわかりました。めっちゃくちゃ楽しいのです。素直にまっすぐな音を響かせるトランペットを手に、歌い踊る彼の姿はなんだかキュート。その周囲の南アのミュージシャンたちが繰り出すメロディーは、太陽の光満載。ぐずぐずしたロンドンの曇り空を、ぱっと明るく暖かくする底抜けな陽気さがあります。
40年のキャリアをもち、ポール・サイモンなど世界の様々なミュージシャンと演奏してきた大御所Hugh Masekela。でも、その間の南アの激動の歴史を思えば、陽気さの裏に大変な苦労があった事は、説明されなくても予想がつきます。前半は楽しく明るく盛り上げたコンサートも、中盤から少しその‘影’をみせます。
たとえば「この曲は、低賃金労働で命を落とした世界の全ての人に捧げます」と始めたSTIMELAという曲は、地方から汽車で炭鉱へと運ばれたアフリカの労働者たちを唄う曲。汽笛や走る列車の音を模して唄う彼自身は、アパルトヘイト全盛のヨハネスブルグに生まれ、音楽に生きるために何十年も亡命生活を強いられ、その間も母国の人々に絶大な人気を得てきたそうです。
その彼が、ロンドンのイーストエンド出身でラップとジャズを組み合わせたトランペットのSoweto Kinchや、南ア出身ボツワナ育ちの歌手Sonti Mndebele、亡命中にガーナで出会った若手キーボードのKwame Yeboahなどをゲストに迎えて、「音楽は、政治や肌の色を超えてつながる!」という言葉には説得力がある…と私には思えたのです。
しかし、「音楽で世界はひとつ」と盛り上がるのもナイーブな理想主義なんだろうか…と感じさせる事がありました。誰よりも早く立ち上がって踊っていた私の友人Sが、突然がっくりテンションを下げた時です。それはイスラエル人のピアニスト、Yaron Hermanが紹介された時でした。Sの父はイランから亡命した政治活動家で、彼女は英国育ちながら目下精力的に反戦活動に参加しています。私は音楽を通じて出会ったので、その政治理念についてはよく知らないし、個人と出身国の政治は無関係に音楽家として評価したいのですが。でも‘政治は無関係’とはいっても、急に座り込む彼女とその(政治活動家の)友人の横で、私がピアニストに盛大な拍手を送るのも(素晴らしい演奏だった)、それなりに勇気のいる‘政治行動’になってしまいます。それでも私にSが議論を吹っかけてこないのは、私が日本人だからでしょう。
そんなSをよそに会場はますます盛り上がります。そしてHugh Masekelaが、「何十年も投獄され、それでも出てきた時に『恨んで自国に火を放つような過ちは犯さない。私達は国を築くのだ』といった我らが‘老人’を讃えよう」と、最後に歌うBring Him Back Homeは、私でも知っていた有名なネルソン・マンデラ賛歌。その頃にはSも機嫌を直し、会場は総立ちに。
アパルトヘイトが崩れ、民主化された南アフリカに戻り、若手音楽家育成に力を注ぐHugh Masekela。その音楽的才能や人気もさることながら、8時過ぎから夜11時半近くまで、ゆるむことなくステージをこなすエネルギーにあっぱれ。会場側が(終わらないのではと)ハラハラしているのがわかるほどで、本当にすごい67歳です。
そして彼の演奏を聴くために、肌の色も年齢も文化背景も異なる人々が集まって、意見の違いを自由に口にでき、かつ同じ場で平和に一緒に楽しめる…それこそが、大事にすべきことなのかもしれません。
