The Dream of the Blue Pines

Experience live music and performances in London (and in other places...)

Thursday, April 20, 2006

Jazzkaar - Estonian Jazz Festival


April 2005
Tallin, Estonia

今、4月15日から30日まで、エストニアの首都タリンで、ジャズ・フェスティバルjazzkaarが開催されています。私は今年は残念ながら行かれないのですが、昨年は最後3日間で15のコンサートを聞くという強行軍をしたのが、ちょっと自慢です。

エストニアは、バルト3国でも一番ロシアに近いところにあります。私も自分が行く機会を得るまで全く知識がなかったのですが、旧ソ連の国としては順調に経済的に成長している、こじんまりした国です。物価が安いことから、近隣のフィンランドやイギリスからは、男性の集団がビールを飲むために大挙して訪れていますが…
首都タリンは、歴史的建物を残す美しい旧市街と、共産党時代の香りの残る不思議な近代化をしている新市街に分かれています。治安はとてもよくて、スカンジナビアの国の影響も強く、カフェなどは洗練されおしゃれだし、インターネット環境などが非常に進んでいて、e-stoniaと称されています。

私は、ロンドン・ジャズ・フェスティバルで参加したプロジェクトを通じた出会いで、一応’外国人ジャーナリスト’として招かれ、たくさんのコンサートを見せてもらいました。エストニアは、旧ソ連時代ジャズは禁止されていたので、こうして自由に演奏できるのもこの15年ほどのこと。だから、どこか初々しいような喜びにあふれています。国中が全体的にスレていない、素直な感じで、音楽家たちもこんな私にもすぐ携帯の番号を教えてくれ、自由に話ができました。外務省の広報の人が案内してくれちゃうし。みんなでジャズを応援しているのです。会場は、「元共産党の集会が開かれた場所」だそうですが。

その時私が焦点を絞ってきいていたのが女性ボーカル。中でも19歳のソフィア・ルビーナ(Sofia Rubina )という新進歌手が将来有望でした。彼女はまだデビューアルバム完成前ながら、すでにドイツやリトアニアでも賞を受賞していて、いわゆるスタンダードのジャズやスキャットから、ユダヤ系の伝統歌など、かなり持ち味の幅が広いのです。資本主義で飽和状態の国の、商業化にまみれた歌手と違って、歌を基本に地道な勉強をしていて、実力派に育ってほしいなあという感じです。

エストニアでは有名なベテラン歌手ヘドウィック・ハンソン(Hedvig Hanson)のソフトなボーカルは、「ハートにあふれてる」と地元の記者に薦められてCDを聞きました。昨年は妊娠中でコンサートを開いていませんでしたが、カメルーン出身の歌手 Coco Mbassiがそのオリジナル曲をカバーして歌いました。その際、私はまさにヘドウィック・ハンソン本人のすぐ近くの席で、自分の曲が流れてびっくりし、合わせて口ずさむ様子を見ました…

経済大国と大都市ばかりに住んできた私には、そんな風に歌手がすぐ身近にいて、皆で応援しているコミュニティが新鮮でした。もちろん海外アーティストも参加しているのだけれど(2006年はダイアン・リーブスやバッド・プラスなど)、私としてはこれからも地元エストニアのアーティストを応援したいです。

今年のフェスティバルについて
http://www.jazzkaar.ee/2006/kava2006.php?op=jazzengl

http://www.allaboutjazz.com/php/news.php?id=9543

Wednesday, April 12, 2006

San Francisco Jazz Collective

11 April 2006
Barbican Hall, London

My favourite jazz musician, Joshua Redman, returns to London with his octet, and with his new challenges.

好きなジャズ・ミュージシャンとして、私が真っ先に名前を上げるのが、サキソフォンのジョシュア・レッドマンです。
初めてライブにいったのは10年以上前、東京のブルーノートで、当時デビューしたての24、5歳だったレッドマン。それ以来、特にロンドンではほぼ毎年ライブを聞く機会があるので、もう10回位‘追っかけ’ています。最初は青さ・硬さも感じられたものですが、聞くたびによりシャープに、スケールが大きくなっていくのを目のあたりにできるのが、同時代のファンの喜びです。何よりも、成功に胡坐をかくことなく、常に新たなチャレンジに挑んでいるところを尊敬しています。

そんなジョシュア・レッドマンも37歳。彼が今関わっているプロジェクトのひとつが、サンフランシスコ・ジャズ・コレクティブという、8人編成(オクテット)のバンド。結成3年目にして、初めての欧州公演です。

まず最初にスーツ姿のレッドマンがステージに登場し、マイクを手にこのプロジェクトの目的について語りました。ひとつは、参加する8人のミュージシャンがそれぞれ、毎年このバンドのために新しい曲を作曲すること。もうひとつは、毎年ひとり、偉大なジャズ・ミュージシャンを選んでその曲を演奏すること。初年度はオーネット・コールマン、2年目はジョン・コルトレーン、そして3年目の今年はハービー・ハンコックです。
ジャズの新たな可能性を開拓すると同時に、これまでの才能にも再度光を当てる…自らの音楽性追及だけではなく、ジャズ界そのものを広げる役割を担うようになったのです…

続いて、8人のメンバー紹介。それぞれ実力派のドラムス、ベース、ピアノに加え、ホーン奏者が4名、そしてビブラフォンに65歳の大御所、ボビー・ハッチャーソンが登場し、拍手喝さいです。

約2時間の公演で、このメンバーの作品と、ハービー・ハンコックの曲が代わる代わる演奏されます。メンバーの作品は、レッドマンが「長くていろんなことを試みる曲もあれば、短くひとつのスタイルを追求するものもある」と語りましたが、やや実験的な試みも多く、「sudoku」と題した前衛的な不協和音でできた曲も。また、バンドのための‘座付き’作曲ですから、それぞれの持ち味が活きる、ソロの見せ場もあります。やはりソロが光るのはレッドマンとハッチャーソンで、演奏がビシっと締まりますが、アルト・サックスのMiguel Zenonや、ベースのMatt Penmanも負けていませんでした。でも、お互いに尊重しあっていて、‘俺が、俺が’ではないのがいい感じ。

ハービー・ハンコックの曲の方は、8人編成を活かしたアレンジで、従来と違う楽器の音色で聞かせるのが新鮮でした。最も有名な曲Maiden Voyageは、ハッチャーソンのビブラフォンが冴えていました。
後半ハンコックのRiotで盛り上げ、アンコールはハッチャーソンのオリジナルでしめる、という構成でした。

レッドマン・ファンとしては、もっとタイトなトリオ編成の方が、彼の演奏・スタイルを堪能できます。(数年前のジャズ・カフェというクラブでの『Elastic』の公演が、私のベスト・ワンです)
このプロジェクトは、彼のアーティスティック・ディレクターとしての一面を見る場という感じ。弾けきらないのが少しもどかしいけれど、皆を率いる姿に、‘成長’を見守るファンとしては、「大人になったよなあ」と感慨深いものがありました。

Friday, April 07, 2006

Tord Gustavsen Trio at Porto Jazz Festival


3 November 2005
Porto, Portugal


Norwaigian pianist’s concert in the town in Portugul… A bit too sentimental music, but warm atmosphere.

前回写真を掲載したポルトガル北部の小都市ポルトに行った際、偶然にもジャズフェスティバルが行われていました。その街角のポスターで名前を発見したのが、ノルウェーのピアニスト、Tord Gustavsen(日本語表記でトルド・グスタフセン?)のトリオのコンサート。

このトリオのCDは、ジャズにしては珍しく、ノルウェーでヒットチャートのトップに躍り出た…という評判が注目を集め、ロンドン・ジャズ・フェスティバルでのコンサートはチケット売り切れ。となると聞いてみたかったような気がする…と思っていたところ。
ポルトガルでコンサートに行く、というのも初めての体験。会場はポルトの中心地にある音楽堂で、金曜日の夜、開演は10時から。チケットはたったの10ユーロで、当日でも余裕で手に入りました。

ゆっくり食事をすませて、10 分前に会場につくと、観客はまだガランと広いロビーで開場を待っているところでした。ロンドンだと、ここで確実にバーがあって、皆飲んでいるところだけれど、この会場には特にバーなどは無く、あっさり簡素でした。やがて開場して座席へ…面白かったのはその座席番号。中央通路をはさんで左右に座席が並んでいますが、右側の席は2、4、6…と偶数の席、左側は奇数なのです。私と友人のチケットも11番と13番だったので、「?」と思っていたのですが、ちゃんと隣同士。ポルトガルではこうした奇数・偶数で左右に分けるの方式が一般的らしく、電車の座席なども同様でした。

会場は平面の床にイスを並べ、正面に舞台。そこに、さらりとTord Gustavsen Trioが現れました。ピアノと、ダブルベース、ドラムスのオーソドックスなトリオです。
音楽の印象は、第一音聞いた瞬間に「甘い音色」と思ったのですが、一貫してそのトーン…。非常に繊細なピアノと、抑えたベースとドラムスで、静かな演奏。全てオリジナル曲ですが、タイトルも『センチメント』や『ネスト(巣)』と甘め。曲紹介でも「これは故郷にいる弟にささげた曲です…」などという感じ。途中で一瞬、ジャズ的即興で盛り上がるの瞬間も…かと思うと、すぐにまた叙情的に…
ロンドンで読んだ評では、エリック・サティやキース・ジャレットなどが引き合いに出されていましたが、私にはかつて人気を博したウィンダム・ヒル・レーベルの、ジョージ・ウィンストンのピアノを思わせました… ノルウェーで大衆に大人気だったのも、そのわかりやすい美しさかもしれません。(日本でもウケるのかな)。私も決して嫌いではないけれど、コンサート会場で、じーっと集中して聞くのは少し辛い。CDでBGMに聞くならいいかも…。というわけで、私にとっては少々辛めの一時間半になりました。
でも、ここで感じたのがポルトガルの観衆の暖かさ。若者のグループから、老夫婦まで、いろんな人たちが聞いていましたが、シニカルな‘聞いてやろうじゃないか’という通ぶった高慢さがなくて、素直にのんびりと聞いて、曲が終わるたびに、暖かい拍手を送ります。素直で素朴な雰囲気でした。


イギリスにおける、トルド・グスタフセンの紹介:
http://www.bbc.co.uk/music/jazz/reviews/gustavsen_places.shtml

http://www.norway.org.uk/culture/music/tordgustavsentour.htm?wbc_purpose=Basic&WBCMODE=PresentationUnpublished

Monday, April 03, 2006

Misia: Drama Box


1 April 2006
Queen Elizabeth Hall, London


Stylish revival of Portuguese Fado – A night of European cinematic experience at the Hotel Drama Box

ポルトガルの音楽といえばファド。といっても私はほとんど馴染みがなく、まあポルトガル版の’演歌’、観光客向けにレストランで唱われているもの…という程度に思っていました。実際ヨーロッパでも多くの人がそう思っていたようですが、2005年あたりからロンドンは‘おしゃれ’なファドに目覚めているようです。
私は2005年11月にポルトガルを旅行し、ちょっとひなびた、でものんびり暖かい国で楽しく過ごし、意外にスタイリッシュなファドのCDを買ってみたりしました。で、今回Misiaの公演告知を見て、せっかくのポルトガルの縁なので行ってみようか、でもさすがに一晩ファドを聴くのはきついかも…と迷ったのですが…その心配は無用でした!

まるで古いフランス映画のようなステージでした。スクリーンにアンティークな雰囲気のホテルの一室が映し出され、ベリー・ショートなヘアスタイルの女性が登場。黒い革のスーツにピンヒール、絹の赤い手袋という出で立ちで、そのコケティッシュさ、フェミニンな色気が、ロンドンではちょっと新鮮。新譜「Drama Box」にちなんで、ポルトガル語訛りがチャーミングな英語で、「ようこそ、ホテル・ドラマ・ボックスへ」。すると男たちがバイオリンやギター、アコーディオンやピアノを奏ではじめる…
スタイリッシュにファドがよみがえるトレンド、といってもマーケティング戦略を駆使して容姿だけが取り柄の歌手が歌うわけではありません。Misia は、15年以上のキャリアをもつ実力派。演劇的な語りも、嘘くさくならなりません。小物を赤い手袋から、黒のネットのスカーフに変えつつも、やたらなショーアップはせず、基本は歌。お母さんはスペイン系のダンサーだったそうですが、「私達ポルトガル人は、フラメンコもタンゴも踊らない。こうして立っているだけ。そして、大西洋の荒波をうけるように、運命がくるのを待つの。」と笑う。
この’運命’が、ファドの詩の大きなテーマなようです。それにセンチメンタルな節回しとくれば、あとは大西洋を日本海に変えるだけで立派な演歌…でも、その詩は、ポルトガルの有名な詩人やノーベル賞受賞作家の作品だったりして、ちょっと哲学的な香りがするようです(言葉がわからず残念)。ノスタルジックなメロディーは、シャンソンやタンゴに通じるものがある…と思っていると、かつてのシャンソン歌手ダリダの曲も。
バンドメンバーの紹介も、それぞれの服装をからかって「かつては船乗りで、波を恋しがってアコーディオンを奏でている」とか、「ハバナとの密輸取引をしている男で、部屋にこもっている」など、ホテルの客という設定で物語風に、ちょっとユーモラスに。この、Misia のコミカルな持ち味が、ファドのメランコリックさを和らげていました。
観客もポルトガル人率が高く、私の両隣も久々にファドの世界に浸っていた様子。2回のアンコールに答えて、最後はアカペラで、ドラマティックな夕べは幕がおりました。

(写真は、Misiaの故郷でもある、ポルトガルの小都市ポルトで。)

さらにくわしくは:www.misia-online.com